海岸駅

 あれから夜通し歩き続け、明け方にやっとエスタの大陸に着いた。 線路はまだ先に伸びている。 昔、F.H.と交流があったと言われていたから、このまま辿って行けばエスタにじき着くだろうとスコールは考えた。
 暫く歩くと、日は完全に昇り、スコールは一つの大きな駅に着いた。
 数台の列車、幾つものホームがあるが、現在運行されている様子はない。 ホームの看板は落下、文字が掠れて読めない物もあるし、列車に至っては車輪等が錆付き動くものは一台も無い。 駅の待合席で休憩をと考えたが、アルティミシアのことがあるし、第一エルオーネがいつまでもエスタに留まるとは考えられない。
 このまま行こうと、歩み始めると斜め前の列車の影から二人の人物が現れた。
「遅かったわね、スコール」
「姫様はまだ眠ってるのか?」
 その人物は、バラムガーデンに居るはずのキスティスとゼルだった。 二人は意味有り気な笑みを浮かべ、歩み寄って来る。
 キスティスは、リノアの顔を覗き込み笑みを浮かべて言う。
「王子様がキスをすれば、目が覚めるかもね」
 何故ここに居るか不明だが、彼女の物言いにスコールは内心ムッときた。
「そんなことを言うために、ここに来たのか?」
 ここは“スコール研究家の”、彼の機嫌を損ねたと察知し、手を振りながら弁解する。
「エスタに行くんでしょ?私達も行くわ」
―私達……?
「私も、エスタへ行きます」
 すると駅の奥から、一人の女性が現れた。グッドホープ岬に居るはずのイデア、その人である。
 何故、居る筈のない、その前に知る筈のない皆がここに集まっているのか。 スコールは心底驚いている。 それにキスティスは説明すると言い、スコールはリノアを下ろし柵の柱に凭れさせた。
 アーヴァインが“スコールはF.H.に着いたら一人でエスタに行く”と、言ったのがきっかけだとキスティスは話し出した。 最初は誰も信じなかったが、彼女自身“白いSeeDの船”を捜すスコールの様子から薄々は感じていたのだ。 そこへ、ブリッジにシドからの無線が入り、今後のバラムガーデンの行き先が『エスタ』と知ると、イデアも同行させてほしいと伝えてきた。 その後、キスティスがスコールのことを話すと、シドも同様に感じていたと言い、ならば皆でエスタへ行きなさいと言ったのだ。 その夜のうちにシドとイデアは、バラムガーデンに到着した。 カドワキ先生から保健室にリノアが居ないことを知り、皆でそのまま高速上陸艇でこの大陸に来たと言う。
「バラムガーデンは、心配要りません。シドが戻っていますから」
「シュウとニーダも任せてくれって言ってたわ」
「俺達、イデアの護衛なんだ」
 何と言葉を返せばいいのか、スコールは戸惑った。 何故、皆こうまでしてくれるのか。自分は指揮官としての務めを放棄し、勝手にここまで来たのに。 本来なら怒るところの筈なのに。
「さあ、行きましょうスコール」
 イデアが促す。
 そう言えば、スコールは聞いていなかった。
「エスタで何をするんだ?」
「オダイン博士に、会いに行きます」
「オダイン博士。名前くらい、覚えてんだろ?」
―……オダイン?
 魔法系グッズで有名な、オダインブランドの発足者であるオダイン博士。 魔女に関しては、世界で唯一詳しい研究者と言われている人物だ。
「覚えてるけど……会ってどうする?」
「魔女アルティミシアは生きています。 彼女はいつでも、私の身体を支配することが出来ます。 そうなったら私は……。私は、また恐怖をふりまく存在になってしまいます。
 その通りだ。そうなれば、イデアとSeeDは、再び戦うこととなる。 今度こそ、命を落とすことになりかねない。
 しかし、“魔女”であったイデアの存在は、世界の人々の記憶に残っている。 ましてやエスタは、過去に“魔女アデル”の支配下におかれていた国。 “未来の魔女アルティミシア”に身体を乗っ取られていたと説明したとしても、すんなり入国を許してくれるものか難しい。 下手をすれば、拘束される可能性もある。
「私だって、自分はかわいい。自分の身は守りたい。 叶うならば、魔女の力を捨ててしまいたい。 オダイン博士ならその方法を、知っているかもしれない。私を救ってくれるかもしれません」
 イデアに何を言っても、引く様子は見受けられなかった。キスティスとゼルも同じようである。
 スコールは気付かれぬよう、小さく溜め息をつく。 それは、迷惑からでは無く、お節介な仲間に対してのもので……。
「……分かった。皆でエスタへ行こう」
 スコールは先頭に立ち、柱に凭れさせていたリノアを背負い、歩き出そうとする。 それをキスティスが止める。“あと二人来るから、暫く待って”と。 “あと二人”に、深く考えるまでもなく、検討は付いた。
「セルフィとアーヴァインが、様子を見に行ってくれてるの」
「おっ、帰って来たぜ」
 そう話しているうちに、セルフィとアーヴァインが走って来た。 この二人もキスティスとゼルと同様、普段通り接して来る。
「スコール、元気〜?リノア、まだ眠ってるの〜?」
“リノアの寝顔かわいいよね”
 皆に聞こえないよう小声で言ったつもりらしいが、しっかりと聞かれている。 現にイデアとキスティスは笑っていた。
「そんなことより、どうなんだ?エスタに入れそうなのか?」
「お〜、照れてるぅ?」
 何を言っても無駄だと判断したスコールだが、せめてもの否定を込めて、無言で睨み返す。 それにセルフィは、“キャ〜、怒ってるぅ”とアーヴァインの後ろに隠れるが、誰の目からにもふざけているにしか見えない。
「セルフィ、スコールを怒らせるなよ〜」
 咎めるアーヴァインにも真剣さは伝わらず、これからの重大さが分かっているのか怪しくなってきた。 少々目眩を感じたが、何故だか悪い気はない。
 ここに来るまでの気分が、軽くなっていく。
「エスタって、この大陸にあるんだよな〜?かなりデカイ国なんだよな〜? なんかさ〜、全然見つからないんだよねぇ」
 セルフィと共に、海岸駅を中心に見てきたが、国らしい景色は一つも無かったと言う。 南は見渡す限りの地平線、北には高い山々、西は海なのだから当然国なんて存在しない。
 となると、残る方角は一つ。しかしキスティスが言うには、そこは『大塩湖』。 世界でも珍しい塩分を含んだ湖で、現在は干上がり塩の結晶が湖底や岩に付着し、雪原と見間違えるような地形となっている。
 そんな所に、大国と言われるエスタが在るとは思えない。
「考えても始まらないっ!」
 セルフィが声を上げ、飛び跳ねる。
「北にも南にも何もなかったから、次は東の方角だ〜!」
 推測は誰にでも出来る、確かめるのは自分の目しかないのだ。 行動あるのみ、ここまで来て、無いでは済まされない。皆がそれぞれの顔を見合わせ、頷き合う。 そして全員、エスタが在るかもしれない、東『大塩湖』へ向け歩き出す。
 その時、スコールとアーヴァインの目が合う。
 考えてみれば、アーヴァインがリノアをデリングシティに帰すと言わなければ、スコールはリノアを背負って此処に来ることは無かった。 アーヴァインが、スコールの行動を予測しなかったら、キスティスは気付かなかったかもしれない。 ましてや、全員が揃うことも無かったかもしれない。
 遠回りではあるが、アーヴァインはスコールを動かした。
 そもそも、彼は何故このようなことをしたのだろうか?
「アーヴァイン―」
「何も言わなくていいよ。悩み、苦しんでるあんたが、見ていられなくてね……仲間だろ?僕達」
 そう言って、アーヴァインは先頭を行くセルフィの隣へ行く。
―……仲間?
 何度も聞いている言葉なのに、今は何故か心に響く。
「スコール〜、早く来ないと置いてっちゃうよ〜っ!」
「ああ、悪い……」
 慌てて皆の後ろに続く。
 セルフィとアーヴァインが、互いに地図を確認しながら先頭を行く。
 ゼルはモンスターを警戒し、常にイデアの隣を歩いていた。
 キスティスは、イデアから“エスタ”と“オダイン博士”の話を聞いている。
 そして皆が、スコールとリノアを気遣ってくれた。
―リノア……仲間って、いいものだな……
 何年かぶりに、スコールは胸が温かくなるのを感じた。





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