アーヴァインから全ての事情を聞いたカドワキ先生は、最初の内は渋っていたが、リノアの父親のこと等を聞き了解した。
そして、リノアの症状が記入されたカルテ、検査結果の資料の整頓をしている。
その間、アーヴァインは手持ち無沙汰に、発信機を頭上に投げながら待っていた。
カドワキ先生は背を向けているので見えないが、どこか浮かない表情をしている。
「アーヴァイン」
そこへスコールが、息せき切って入って来た。
「……スコール」
彼らしくない入室にアーヴァイン同様、カドワキ先生も面食らう。
そんな二人の反応に構わず、スコールはアーヴァインの前に回り込み言う。
「リノアは、デリングシティに帰さない。このまま、バラムガーデンに残す」
「……」
訓練施設での言葉を180°変えたスコールに、アーヴァインは面食らう。
そのまま考える素振りで、トレードマークでもある帽子の柄を下ろす。
その下では、スコールには見えないよう笑みを浮かべていた。
「ちょっと、スコール、どういうことなんだい。あんた、アーヴァインに任せるって言って―」
「すまない、カドワキ先生。その話は無しだ」
「はっ?」
「何か、方法が見つかったのかい?」
アーヴァインが、帽子の柄を上げ聞いてきた。口は笑みを浮かべているが、目は真剣を帯びている。
下手な、上辺だけの言葉は通用しない。
「それは無い。でも、分かっていることは、リノアは魔女イデア……魔女アルティミシアに何らかの影響を受けたということだ。
アルティミシアを倒せば、リノアは救えるはずだ」
通用しない相手だから、スコールは正直に言った。
自分の推測にすぎないのは、充分に承知している。もっと、別の何かが原因かもしれない。
しかし、何かを言わなければリノアは……。
「この戦いは、長期化の恐れがある。その間、眠り続けるリノアを誰が守るんだ?」
「俺が、守る。リノアは、俺のクライアントだ」
そう、スコールにはリノアを守る義務がある。だが、その契約は終了されたはず。
「それは、“ティンバー独立”までのことだろ。あそこはもう……」
その通りだ、ティンバーはガルバディア軍の撤退によって、独立宣言をしたと伝えられている。
どういう形にせよ、契約上では“ティンバーの独立まで”と記されていた。
任務は、果たされたことになる。
「でも俺は、リノアから、契約終了の言葉を受けていない。
契約終了かどうかは周りが判断するんじゃない、クライアントが判断するんだ」
「……なるほどね」
顔を伏せ、アーヴァインは黙り込む。
カドワキ先生にいたっては、何がどうなっているのか、双方の顔を見比べることしか出来ないでいた。
やや間を置いて、アーヴァインが顔を上げる。まだ表情には、普段の笑顔は消されたままであった。
「ちなみに……それは、指揮官としての命令……と取っていいのかな?」
「……命令だ」
絡み合う二人の視線。静寂の中で聞こえてくる、生徒達の声、海鳥の泣き声。
しかしそれを、アーヴァインは呆気ない程に破った。
先程までの表情はどこへやら、いつもの笑顔がそこにあった。
「O.K、分かった。あんたに従うよ」
これには、カドワキ先生も開いた口が塞がらない。
スコールも、口を開けることはないが、心境としては同じである。
こうもあっさり引き返されるとは、思いもよらなかった。それなら、何故あんなことを話したのか。
―……まさか、試されたのか?……でも、何を?
「じゃあ、これは用無しと」
アーヴァインは、持っていた発信機を窓から外へ放り投げる。
そして落下するそれを、愛用の銃で打ち抜いた。二発連続で。
弾丸は見事に命中し、地面に落ちる頃には、跡形も無く砕け散っていた。
「おい、いいのか?」
カーウェイ大佐から預かった物を、勝手に破壊すればアーヴァインどころか、養父まで咎められるかもしれない。
ガルバディア軍には、より近い位置にいる二人だけに、立場的にやばいのではないだろうか。
「だ〜いたいね〜、あ〜んなおもちゃ、肌身離さず持ってろって言うのが間違ってんの!
SeeDと一緒に行動してるんだよ〜。戦闘の最中に落としでもしたら、すぐパ〜になるって」
「……アーヴァイン」
砕けた口調でそう言ったアーヴァインは、振り返りカドワキ先生の前まで行く。
そして姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「すみませんでした、カドワキ先生。あとは、スコールに任せます」
「あっ……はい……」
結局最後まで二人の話は見えなかったが、リノアがデリングシティに帰る必要は無くなったということは把握出来た。
戸惑うカドワキ先生を他所に、アーヴァインは“じゃあね”と手を振り出て行く。
「なんなの、今の銃声はっ!」
「まさか、ガルバディア軍残ってたの!?」
リノアの様子を見ようと、保健室へ行く途中だったキスティスとセルフィは、突然の銃声に武器を装備し駆けつけて来た。
慌てて来た二人に、今頃になり銃に消音装置を装着していなかったことを、アーヴァインは思い出していた。
「あー……違う、違うんだ……えー……モンスターっ!そう、モンスターが保健室に入ってきてね」
「モンスターが〜?」
つい数日前の戦闘では、軍隊だけでなくモンスターも放たれた。
事実、事後処理と同時に、モンスター退治も行われ、生徒達は大変な思いをした。
バラムガーデン破壊を目的としていたので、レベルも中級の上で訓練施設とは桁外れだったのだ。
保健室に現れたのがその残りだったなら。
「そ〜うなんだよ、セルフィ。でも、大丈夫っ!この僕が始末したし、リノアも無事」
アーヴァインの言うことに、間違いはないようである。
銃声は二発。もし、あの時のモンスターだとしたら、その程度で仕留められるはず。
「というわけで、食堂でお茶しましょう。レディー達♪」
「ちょっ、ちょっとっ!」
「私達は、リノアの顔見に来たの〜っ!」
すかさず肩に回された腕にキスティスは顔を歪め、セルフィは勝手な決定に両手を上げ講義する。
その二人を宥めながら、アーヴァインは保健室を離れようとした。
「リノアの傍には、スコールが居るからね。邪魔者は退散、退散♪」
―正直言って、助かったぜスコール……あの姫様の婚約者は、ちょ〜っと勘弁したかったんだよね〜。
一見、おしとやかな美少女は、噂以上の跳ねっ返りであることを、嫌という程実感したあの時。
D地区収容所で、リノアのみを救出した後の出来事で証明された。
引っ掻かれた時の痛みは、今もリアルに残っている。
アーヴァインとの件の後、カドワキ先生は“用がある”と言い出て行った。
その際、保健室の留守を任されたスコールは考えていた。
ああは言ったものの、対魔女との戦闘が長期化するのは確実である。
第一、情報が充分に揃っていない上、アルティミシアの所在など検討もつかない。
その前に、エルオーネを探すのが先決なのだが、それも情報が不十分であるのが現実。
でも、リノアは離さない。この決定に、後悔は無い。
―リノア……こんなに冷たい。……ずっとこのままなのか?
風に乱れた髪を、そっと戻す。ふと触れた頬の冷たさ。
―……ずっと……
「……今の俺には、何も出来ないのか……あんなに元気にしていたリノア。
それなのに、声も出さずに」
指揮官など言われているが、実際はたった一人の人間も守れないでいる。
何も出来ず、見つめるしかない自分が悔しい。
「俺……あんたの声が聞きたい」
―これじゃあ、壁に話してるのと同じだ……
そう言えば、自分はキスティスに似たようなことを言ったはず。
あれは、SeeD就任パーティー後の、真夜中の秘密の場所だ。
『何かを言ってもらおうなんて思ってないわ。話を聞いてくれるだけでいいのよ』
『だったら壁にでも話してろよ』
最低なことを、自分はキスティスに言ったんだと今更分かった。
ただ、聞いてくれる相手がいることで、人は安らぎを得る。
言葉なんて要らない。ただ傍に居て、聞いてくれて、そして……。
「リノア……俺の名前を呼んでくれ」
―うっ……
突然の鈍い頭痛と、耳鳴り。行くんだ自分は、エルオーネの見せる過去へ。
エルオーネの力によって、スコールはラグナの過去を見せられた。
どこかの峡谷で、ラグナ達は映画の撮影を行っていた。ラグナの役は“魔女の騎士”。
何処か、その役名にスコールは違和感を覚える。というか、彼の姿自体を何処かで見たような気がしたのだ。
映画は進み、撮影用の気ぐるみドラゴンが、実は本物のルブルムドラゴンと判明し、バトル開始。
一匹かと思いきや、後から何匹も現れ、ラグナ達は下りて来た峡谷を急いで駆け上って行く。
頂上に差し掛かった時、遠い海面上に表れたる光る物体。あれは何なのか、映像はここで消えた。
何時もなら、ここで目覚めるのに一向に覚めない。一面が暗闇の中、聞こえた声。
それは、エルオーネだった。
エルオーネの力は“過去の人の意識を見せる”のではなく、“過去へ意識を送る”だった。
彼女はそれを“接続”と呼んでいる。人の意識、心を、会ったことのある人物への過去へ送る。
その時、送られた側の心は、過去の人物にも伝わるらしい。
実際、スコールの“リノアの声が聞きたい”気持ちが、過去のラグナに伝わった。
ならば、リノアがこうなる前の過去に自分を送り込めば……。
「お姉ちゃん!エルオーネッ!!」
力の限り叫ぶが、はっきり聞こえていたエルオーネからの返事は返ってこない。すでにスコールの心が現代に戻っている以上、接続は切れていたのだ。
―白いSeeDの船に乗っているんだったな……
“白いSeeD”、彼等はスコール達に会った時に何と言った。
『我々は魔女イデアのSeeD』
“魔女イデア”、確かに彼等はそう名乗った。
―イデアに聞けば、あの船の場所が分かるかもしれない!
そうすれば、エルオーネに会える。そうすれば、過去へ……
「おい、スコール。何大声出してたんだよ?」
そこへ、ゼルが入って来た。彼も、リノアの様子を見に来たのだ。
スコールからの返事がないので、そのままゼルは背後から、リノアを伺う。
やはり症状は変わらず、彼女は眠り続けている。
キスティスの言うように、スコールも相当まいっているように見えた。
ゼルはこのまま去ろうと背を向けるが、その腕を急に掴まれる。
「ゼル、ママ先生の所へ行くぞ」
「あ〜〜っ?何だよ、急に」
落ち込んでいたと思ったスコールが、腕を掴むと同時に立ち上がり、ゼルを引っ張り出す。
何事かと、当然ゼルは戸惑った。
「いいから、行くぞっ!」
「おっ、おい」
ゼルを保健室の外へ連れ出すと、掴んでいた手を離し、スコールは一人で走り出す。
全く理解不能だが、とにかく指名を受けたのでついて行く。
何しろ、彼はバラムガーデンの指揮官なのだから。
―なんだよ、全然、いつものスコールじゃねえか。
1Fホールに差し掛かると食堂から出てきたキスティスと会う。
スコールはそのまま走り去るが、ゼルはすれ違いざま、“ママ先生の所へ行く”と言い同じように行ってしまった。
訳が分からず呆然としていたキスティスだが、二人が何かの情報を掴んだのだと察知し、急いで後を追った。
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