「フギャーッ!」
モンスター・ラルドは、上体をのけ反らせ絶命した。息も荒く、それを見下ろすスコール。
決してラルドに手こずったわけではない。
ティンバーへの命令でバラムガーデンを出て以来、数々のモンスター、兵士と戦った彼の力は、SeeD就任以来強くなっていた。
このラルドも、以前なら10分は掛かっていたのが、5分も経たずに倒すことが出来た。
ここに入って、1時間が経つ。まったく相手にならないモンスターに、苛立ちが募る。
「……くそっ」
更に奥へと、スコールは入っていく。
自分は指揮官、行動一つで皆の命も左右される。早く気持ちを切り替えないといけないのに……。
ザザッ
長い蔦の様な触手の様な手をくねらせ、グラッドが現れた。
また小物かと小さく下を打つが、考えてみれば仕方ないことだった。
バラムガーデン内でのSeeD狩り騒動、ガルバディアガーデンとの戦闘で、中級クラスのモンスターが放たれたその際に殆どが撃退されている。
また、戦闘後の事後処理が終了しておらず、モンスターの補充はされていない。
「ファイラッ!」
数回切りつけた後、炎魔法でグラッドは呆気なく絶命する。
ガザッ
その後、背景の茂みが揺れた。探す手間が省けたと、振り向きざまにガンブレードを構え―
「ちょ、ちょ、たんま!た・ん・まっ!」
両手を上げ、ハンドアップ状態でアーヴァインが姿を現す。
呆気にとられたのも束の間、何しに来たとスコールは彼を睨み付けた。
他の生徒ならち竦み上がるほどの冷たい視線を、アーヴァインは難なく受け流す。
「キスティスに聞いたら、たぶん此処にいるだろうって聞いてね」
“ふ〜ん、なるほどね〜”と絶命しくすぶるグラッドを見たり、施設内のジャングルを見回したり。
そうして、一通り見た後、スコールに視線を戻した彼は―
「いや〜、すっごいね。いつの間に中級魔法なんか覚えっちゃったの?
さっすが、バラムガーデン指揮官スコール君」
「……茶化しに来たのか?」
未だにスコールは、アーヴァインに馴染めない。
ガルバディアガーデンでの第一印象が(正確に言えば再会なのだが)あまり良くないし、デリングシティへの移動の列車内ではセルフィ、リノアへと言葉巧みに口説いていた。
そして、愛嬌と呼ぶ笑顔と口調。軽薄そうな男と捉えられるが、かえって何を考えているのか読めない。
いや、彼も他人に本心を見せないのだ。
ある意味、自分と似ているのかもしれない。
「そ〜んなに怒るな・よ。……話にきたんだ。スコールでないといけないね」
「……話?」
砕けた口調が、急に真面目なのに変わる。表情も変わった。
常に絶やさない笑みが一切消え、真っ直ぐにスコールを見る。
「これ、何だと思う」
「……?」
アーヴァインがコートの内ポケットから出したそれは、黒く小さな四角いボックス。
何かの装置なのかと見て取れるスイッチが一つと、数十センチにも満たないアンテナのみの片手に収まる物だ。
「これさ、カーウェイ大佐から貰った“小型発信機”」
「なっ!?」
つまり、今まで自分達の行動は、ガルバディア軍に知られていたというのか。
しかし、カーウェイ大佐は反魔女派のはず。アーヴァインに、何を探らせているのか。
「あっ、でもこれさ、スイッチを押し続けないと作動しないし、室内では電波流れないんだ。
しかも、移動しながらでも駄目。おもちゃみたいだろ?軍の大佐クラスが、こんな物よこすんだぜ。
もうちょっと機能良いのがあるはずなのに、ケチだよね〜」
等と独り言が続く。
―脅かすなっ!
険しい形相で、アーヴァインを睨み付ける。しかし、またも彼はさらりと受け流す。
「だから、怒るなって。こいつから出る電波は、こいつ専用の受信機でしかとれない。
そして、それはカーウェイ邸にしか存在しない」
「……」
―どういうことだ?さっぱり判らない。
「D地区収容所で、リノアが言ってただろ。僕は、彼女だけを連れ出すよう、命令されたって。
これもその延長。彼女に何か起こったら、さっきのことに注意して押せってね。
さすが父親だね、娘の行動パターン読んでるよ。……で、それが今ってこと」
「……知らせて、どうするんだ?」
「決まっているだろ。リノアをカーウェイ大佐……あ〜じゃなくて、父親の元に帰す。
大佐クラスなら、もっと設備の整った病院へリノアを連れていける」
「……そうだな……どうして、俺にその話を?」
「あんたが指揮官だからさ。指揮官の管理下で勝手なことは出来ないだろ?」
「……」
暫く二人の間に、沈黙が続く。
周りではモンスターの唸り、鳴き声が響いているが、全く気にしなかった。
―リノアを、カーウェイ大佐の下に……
『あれは君たちのように鍛えられていない。足手まといにならないとも限らん』
リノアが所属していたレジスタンス【森のふくろう】床に座っての作戦会議、その作戦もすぐ変更で、しかも俺達の意見がないと決められないなんて、反政府グループと言ってもどこまで本気なのか。
素人が集まったグループの様だった。
『……私、戦うから。守られるだけじゃ嫌だから戦う。私にも誰かが守れるなら、戦う。
皆と一緒にいたいから、戦う』
“ティンバー独立まで”という契約書ゆえ、“クライアント”であるリノアの言葉は絶対的な命令であり、その彼女を守るのは雇われた上での義務だった。
そういう関係のはずが、この数週間の間に、自然と皆に打ち解けていた。
共に行動するのが当たり前となって、そして……
リノアはSeeDではない。守るべきものを、自分は……。
「アーヴァイン、お前にまかせる……」
「リノアを、デリングシティに帰す。……で、いいんだね」
「……ああ」
やや間を置いて“ふ〜ん、そう”と呟いたアーヴァインは、カドワキ先生に説明すると言い、出口へと歩き出す。
だが、数歩の後止まり“あっ、そうそう”と何かを思い出したのか、再び話し始めた。背は向けたままで。
「おかしいと思わない?」
「……?」
「どうして僕……俺が、これを渡されたか」
上げた右手には、例の発信機。
それは、“魔女暗殺”の狙撃手がアーヴァインであり、彼はガルバディア軍への入隊率が多いガルバディアガーデンの生徒だ。
身内に近い者に、娘を託すのは当然のことだと思うのだが。
「まあ、ガルバディア側の狙撃手ってこともあるけどさ……実はさ、ガルバディアガーデンのドドンナ学園長、俺の叔父貴なんだよね。
正確に言うと俺の父親、つまり養父の弟」
「……えっ?」
―聞いてないぞ……
「しかも、養父はガルバディア軍のお偉い様でね、カーウェイ大佐の右腕的存在でもあったりしてね」
そこで振り返ったアーヴァインには、苦笑いが浮かべられていた。
この肩書きのおかげで、ガーデン内ではやっかみをよく受けた。
エリート意識が高い生徒ばかりで、入学当初から地位共に将来が決まっている自分は、生徒達にとって妬ましい存在に見えたそうだ。
相手にしていたらキリがないので、笑って受け流しているが。
つまり、アーヴァインはリノア同様に、軍の父を持つということだ。
だが、それが発信機とどう繋がるというのか。スコールには、まったく話が見えない。
「リノアとカーウェイ大佐の関係は、あの時見たとおりの状態でね。
おまけに彼女は、跳ねっ返りの反政府レジスタンスに所属ときてる。彼は日々、養父に愚痴ってね〜」
「……まだ続くのか?」
そもそも気持ちの整理のために、スコールは訓練施設に来たのだ。
その最中に、アーヴァインが入ってきて……。
リノアの件はともかく、発信機についてはどうでもいいことなのではないかと、今更ながら思えてきた。
「悪い、悪い。もう少しだから、これからが本番っ!で、養父はある時、カーウェイ大佐に言ったんだ。
“跳ねっ返り娘でも恋をすれば変わる”ってね。そして、俺っ!」
さっぱり分からない。何で、そこでアーヴァインが出てくるんだ。
「前もって言うけど、これリノアは知らないから内緒ね。俺、リノアの婚約者候補なんだよ」
―……婚約者……候補?
「“恋をすれば変わる”を“婚約させれば変わる”って、カーウェイ大佐は解釈しちゃったんだよ。
それに俺の養父も養父でさ〜、“なら、私の息子なんてどうですか。同い年ですし”な〜んて言っちゃって。
俺さ、自慢じゃないけど、ガルバディアガーデンでは成績優秀の狙撃の名手。
将来は有望な男、で通って有名なの」
―……十分自慢だな……
「でもカーウェイ大佐は、“評判だけではどれほどの男か分からない。
一度、私の将来の息子に相応しいかどうか試したい”って言ってね。で、今回のこれがその試験」
再び見せる、その発信機。
つまり、こういうことになる。
カーウェイ大佐は“魔女暗殺”時、リノアがおとなしく部屋に留まる筈がないと読んでいた。
そこで、事前にアーヴァインに発信機を渡し、彼女の救助兼護衛を依頼したということだ。
その成果によっては、婚約者としても認めると。
これで合点がついた。
いくらバラム、ガルバディア両ガーデンの合同作戦だからと言って、戦場経験の少ない狙撃手を紹介するなど、おかしいと思ったのだ。
「納得してくれたみたいだね」
―頭が痛くなってきた。現在どういう状況か、分かっているのか?そいつらは……
「まっ、別に話すことじゃなかったけど、こんなの持ってるって言った以上、怪しまれたくないし、スコールには話した方がいいと思ってね。」
「後の内容は、お前の事情だろ。俺には関係ない」
「……そうだね」
今度こそ、背を向けアーヴァインは歩いて行こうとするが、また止まった。
「リノアが帰る時、僕も付いて行くから。いろいろと報告しなきゃいけないからね」
「……当然だ」
「じゃあ……そういう事でよろしくね〜」
最後は、背を向けたまま話したアーヴァインだった。
どういうつもりで、あんな話をしたのか、結局分からずじまいだった。
“スコールに話した方がいいと思って”と、アーヴァインは言っていた。
確かに、自分は指揮官だから当然かもしれない。
でも、内容からして、シド学園長でもよかったのではないか。
―……いや、考えるのはもうやめよう……
カサッ
アーヴァインが去った後の茂みが揺れると、そこからグラナルドが出て来た。
そこそこの力を持つモンスターの出現に、少しは満足出来るかとスコールは期待した。
―リノアはデリングシティに帰る……それで、いいんだ!
ガルバディアガーデンとの戦闘後に、ティンバーで独立が宣言されたと聞いた。
したがって、“ティンバー独立まで”という契約は終了したことになる。
クライアントであるリノアと、SeeDの自分との繋がりは消えた。
しかも今後、更に激しい戦闘が予想される中、あの状態の彼女をバラムガーデンに留まらせるのは危険である。
もっと設備の充分整った病院で、適切な処置を受けさせる。父親であるカーウェイ大佐には、それが可能である。これでいい、いいはずなのに……。
「ピギャ」
振り下ろしたガンブレードが、グラナルドを頭から下へと切りつける。
それが致命傷となり、地面に落ちたグラナルドは痙攣の後、絶命した。
またも呆気なく終ったバトルに、スコールの気は晴れない。
それどころか、ここに来た当初と違う気持ちが生まれ始めている。
―……なんだ?……落ち着かない……
いったい自分はどうしたのか。
『人は一人では生きていけないのよ』
確か、以前キスティスがそう言っていた。
初めてそれを聞いたのは、SeeD就任前の、この訓練施設内だ。でも、どうして今頃あの言葉が浮かぶ?
『スコール』
リノアの笑顔。
『リノアを、デリングシティに帰すでいいんだね』
それがいい。スコール自身、それで納得した上で、アーヴァインに任せた。
『スコール』
よく笑い、お節介で怒りっぽいリノア。目が合えば微笑んでくれていた。
デリングシティに帰れば、もう見ることが出来ない。当然、会うことだって。
『俺、リノアの婚約者候補なの』
―だからどうしたっ!俺には……関係ないっ!!
「くそっ!」
ガンブレードを鞘に収め、スコールは訓練施設を出るべく歩き出す。
その間にも、頭の中を占めるのは、リノアのこと、アーヴァインの言ったことの意味。
この状況の中、関係ないと十分自覚しているのに。
『人は一人では生きていけないのよ』
キスティスの言葉が、スコールを訓練施設のジャングルゲート前で立ち止まらせた。
―……俺は……
スコールがSeeD就任パーティで、流れ星に思ったことは……。
―……俺は……リノアを……
突然スコールは、走りだした。この気持ちに結論はついていない。そもそも、意味すら分からない。
でも、自分はリノアと離れるわけにはいかない。
それだけは、はっきり理解していた。
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