セントラ・グッドホープ岬/イデアの家

 ママ先生に会う前、皆がそれぞれに緊張していた。 G.F.のせいで忘れてしまっていたとは言え、身寄りのない自分たちを育ててくれた彼女を“敵”と見なし戦いを挑んだのだから。 そして、“魔女”であったイデアもそれを受けた。
 悩みもした、本当は辛かった、嫌だった。しかしこれは、SeeDである以上、避けられない宿命。
 SeeDは魔女を倒すために作られた。
 SeeDは魔女を倒す。
 それが自分たちに課せられた本当の戦いであり、一つしかない選択肢なのだから。

 廃墟と化した孤児院で、シドは真先にその事実を詫びた。 覚悟はしていたが、現実を目の前にして逃げてしまったと頭を下げた。 彼の素直な言葉に、スコールも誰も言葉を返せなかった。 子供でもあるSeeDか、最愛の妻か、どちらかを必ず失うかもしれない恐怖を、彼はずっと笑顔の下に隠し続けてきたのだ。 その苦しみを、過去を思い出した事で知ったから……。
 それは、イデア自身も同じ事だった。自分が育てた子供たちがSeeDとなり、魔女を倒すことを願い、恐れてきた。 叶ってほしい願い、叶ってほしくない願い。その狭間で、彼女も苦しんでいた。
 海岸に立つイデアには、ガルバディアを支配していた魔女の面影はなく、幼い頃の、優しいママ先生がそこに居た。 彼女の言葉一つ一つに、皆の緊張が溶けていく。昔の、穏やかな空気が戻りつつあった。
 しかし、イデアを支配していた魔女の話で、周りに緊張が走る。
 【未来の魔女アルティミシア】怒りに満ちあふれた心を持つ、恐ろしい魔女。 その彼女が求める【エルオーネの力】。イデアは、エルオーネを守る為に、心をアルティミシアに明渡した。 彼女が目的の為に得た、好都合の身体。 【魔女イデア】となり行動を起こせば、必ずSeeDが自分を倒しに現れる。そう確信して……。
 しかし、イデアが魔女である限り、アルティミシアが現世に存在する限り、再びこれは起こりえる。 ガルバディアガーデンのような戦いを避けるため、今度は抵抗すると彼女は言うが、もしもの時は……。 重い空気が流れる。
 しばらく間を置き、イデアは話を再開する。
 【エスタの魔女アデル】エスタを支配していた魔女。 現在は行方不明となっているが、彼女は生きているとイデアは推測していた。 でなければ、アルティミシアが自分を解放するはずがないと。互いに、欲望の為に力を利用する二人である。 アルティミシアという人格が現れた時、何処からか情報を得たか、または双方の共通する欲が引き合ったのか。 どちらにせよ、アデルの身体にアルティミシアが入れば、その恐怖は計り知れないというのは確かであった。
 スコールにも、イデアの話がとても大切なのは分かっていた。 内容も要所々々は_んでいる。切り替えなければならない思考が、うまく働かない。
 何気なく送った視線の先に、白い翼を広げて飛ぶ海鳥。 その翼を、上着の背中にあしらった黒髪の女子。
「スコール」
 シドの呼びかけに、スコールの思考が元に戻る。
「イデアの話をよく聞いておいて下さいね。いつまた、心を乗っ取られるか……」
 魔女アデルの生存は、現在、軍にもガーデンにも知らされていない。 つまり、イデアの推測にすぎないのである。 もし、アデルが現在の世に存在しなければ、アルティミシアは再びイデアの身体を奪いに来るはず。 まだ安心はできない、気を引き締めないといけない。でも……。
―もういいだろ?ママ先生の話を聞くのは大切。そんなことは分かっている。でも、リノアが……
 場違いと承知の上で、スコールはイデアに聞いた。
「ママ先生。リノアに何が起こったのか分かりますか?」
「リノアというのは……。水色の服を着た女の子ですね?……かすかに覚えています。 何があったのですか?」
 リノアは、イデアとの戦いの後に倒れた。魔女の力により、何らかの影響を受けたというなら……。
「ママ先生との戦いに参加しました。戦いが終わって、気付いたら……。 身体が冷たくて……全然、動かない」
「リノアは死んでしまったのですか!?」
「違う!!」
 シドの言葉に、スコールは激しく否定した。
 でも、そうなるかもしれない。 もし、目を覚ますことなく、あのまま眠り続けるとなれば、それは死と等しい。 そして過去の人という引き出しにしまわれ、やがて過去形で好き勝手に話される。
―そんなのは嫌だっ!
 一瞬スコールの脳裏に、バラムガーデンが飛んだときにデッキで見せたリノアの笑顔が過った。 緊急時を忘れて目を奪われた自分。
「ごめんなさい、スコール。私は力になれそうにありません」
「……じゃあ、いいです」
 魔女イデアであっても分からないリノアの症状。となれば、彼女はもう……。
「スコール、気持ちは分かります。でも、君は指揮官なのです。 ガーデンの他の生徒達も、自分達の戦いの結果や行方を知る権利があります。 ここで聞けるだけの情報をガーデンに持ち帰りなさい。リノアだけじゃありません。 みんなが戦ったのです」
「分かってます……」
 そう、わかっている。本来なら、あってはならないガーデン同士の戦闘。 誰もが疑問を持ち、戦った。そうしなければ自分がやられてしまう、友達、仲間までもが。 矛盾の中で傷を負った者は多い、自分だけではない。
「……でも」
「でも・けど・だって。指揮官が使う言葉ではありませんね」
ピシャリとシドは言い放った。
スコールには、今後バラムガーデンを引っ張っていってもらわねばならない。 トップが迷い、弱音を吐いたら、付いていく者達にも影響が出てしまう。 冷たい様だが、彼には私情を捨てて、魔女アルティミシアを倒す事を優先してほしかった。
「……」
 スコールにだって、シドの意向は十分分かっている。その反面、子供達に全てを託す苦しみも。 そして、ここに居る皆、ガーデンの皆が、指揮官である自分を頼っていることも。
でも、でも……
「くっ!」
 力の限り、崩れ残った外壁にスコールは拳を入れた。


―初めて会ったのはSeeDになった夜。
『君が一番カッコイイね。ね、踊ってくれない?』
『もしかして、好きな子としか踊らないってやつ?』
『私のことが……好きにな〜る、好きにな〜る。ダメ?』

―再開は……ティンバーだったな。
『あなた……あの時の!ほら、パーティー会場で踊った……。 じゃあ……もしかして、あなたがSeeDなの!?』
『やった〜!SeeDが来てくれた〜!』

―最初は言い合いばかり。
『カッコ悪ぅ〜。決定に従う?それが仕事?命令に従うだけなんて、と〜っても楽な人生よね』
『……優しくない。優しくない!!』
『素晴らしいリーダーね。いつも冷静な判断で、仲間の希望を否定して楽しい?』

―でも、だんだん変わってきた。
『おハロー。寝顔、かわいい』
『スコールの言葉っぽくなかったけど、でも、とっても……嬉しかった』
『なんか、うれしいぞ〜』

―ふと気付くと、あんたは俺の方を見ていた。目が合うと微笑んだ。
『ね、コンサート、一緒に行こう?』

―穏やかな気持ちになった。
『遠い未来の話は……私もパス。よく分からないの。今は……こうしていたいな』
『みんな……強いんだね……』
『行くぞ、スコール!』
『聞きたい。スコールの考えていること、知りたいもの』

『終ッテカラニシヨウ。聞キタカッタラ……生キ残レ』
―リノア……俺には、もうチャンスは無いのかな。

「おい、スコール!」
「全然聞いてな〜い!」
 上の空としか見えないスコールに、ゼルとセルフィは憮然とする。
 あれから皆で、アルティミシアの話は続けられていたのだ。 なのに、肝心な指揮官が聞いていないのでは話にならない。
「ようするに、エルオーネをアルティミシアに渡さなければいいんだろ」
「そうだけど……」
 聞いてないようで、話の要所々々は_んでいたようだ。 しかし、ぶっきらぼうで吐き捨てるかの様な物言いは、普段のスコールらしからぬ態度だった。 大丈夫なのかと、キスティスに不安が募る。
「ガーデンへ戻る。放送で皆に知らせておこう」
 もういいだろうと、スコールは踵を返し歩きだす。話を打ち切られ、皆が戸惑いを隠しきれない。
 仲間に入って日の浅いアーヴァインにも、その様子は空気の流れで感じていた。 もちろん、スコールのとった態度の理由も。
「僕達だって、リノアのことは、気になってるんだよ〜」
「だったらもう少しくらい!」
 振り返った瞬間、自分の感情が爆発しそうになった。 しかし、SeeDとして訓練されてきた精神が、条件反射で瞬時に静ませていく。 いや、分かっていたのだ。ここで何を言ったとしても、リノアが目覚めることがないのを。
「……いや、いいんだ」
 今度こそ、スコールは振り返ることなく、ガーデンに戻って行った。

 ガーデンに戻り、ブリッジにてスコールはグッドホープ岬での会話と、当面の目的となる“エルオーネの捜索・保護”を放送で伝えた。 最後に“魔女イデア”が敵でなくなり、家に帰ったと結んで。
「キスティスやスコールの前では言いにくいけど……。 そんなに簡単に、イデアを許せない人も多いと思うわ」
 シュウの言うことは正しいだろう。 イデアは、数週間で恐怖を世界に広めた“魔女イデア”だったのだ。 “未来の魔女アルティミシア”に操られていたと言っても、世間では彼女の姿が記憶に焼きついている。
「えぇ、だからママ…イデアは自分が知る限りの情報提供に協力すると言ってくれているわ。 せめてもの罪の償いにって」
 キスティスとシュウが話しているのを尻目に、スコールはブリッジを降りようとタラップを踏む。
「あっ、スコール。私も後で保健室に顔出すから」
「……」
 それに背を向けたまま手を上げて答え、スコールは降りていった。
 明らかに普段と違うスコールに、シュウとニーダは戸惑う。 人と接しない非社交性は今に始まった事ではないが、今日の彼はそれを上回っている。 それどころか、一切他人を受け入れないという姿勢が強くなっていた。
「キスティス……」
「今は、そっとしておいてあげて……」
 学長室を出ていくスコールを、キスティスは静かに見送った。






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