作 中村あきら

 ガルバディアガーデンで、スコール達は“魔女イデア”が“ママ先生”と知った上で戦った。
 デリング大統領を葬り、ガルバディアを支配する新たな独裁者。あの優しく、綺麗な“ママ先生”が、どうして冷酷な“魔女イデア”になったのかは分からない。 でも、戦うことを選び、目の前に現れた彼女に、SeeDである彼らは答えた。
 そして魔女イデアは破れ、全てが終わった。
 ―……終わったのか?……何が終わったんだ?……終わったのは……終わったのはリノアの……。






保健室

 魔女イデアとの戦いの後、リノアは倒れた。 体温は急激に低下し、よく笑う表情は唇と共に蒼白で、キスティスのたちの呼びかけにピクリとも反応をしなかった。
 ベッドに寝かされたまま、一日を過ごし続けるリノア。 胸と右手首に付けられたコードの先の機械が、彼女が生きている事を表示してくれている。
「外傷は無く、脳波も異常無し。心拍、脈拍共に正常」
 本日の定期診察を終え、カドワキ先生は顔を上げた。 どんな重傷者が出ても、気丈に振る舞い表情を変えることをなかったそれを、今回ばかりは曇らせる。
 ガーデンの保健室といえども、設備は都市の病院並に整えられていた。ましてや彼女は、正規の医師免許を持ち、以前は大病院の名外科医という経歴を持つベテランである。
 双方を持ってしても、リノアのこの症状は不明としか言えない。
「診察結果としては、眠ってるだけなんだよ。でも、この体温の低さは異常だね。 通常なら心臓停止もおかしくない。まったく、初めて見る症状だよ……申し訳ないね、頼り無くて」
「いや、先生が悪いんじゃない……気にしないでくれ」
 窓からの風が、リノアの前髪を揺らす。本当に眠っているだけの様だ。
『ピンポーン……
 スコール、聞いてる?急いでイデアの家へ行ってちょうだい。 魔女イデア……ママ先生があの孤児院に帰ってるらしいの』
 それはキスティスからの放送だった。
 呼び出しの放送には、即座に行動するスコールが、今は行く事を躊躇している。 リノアを気に掛けているような仕種に、カドワキ先生は少し目を見張った。
 他人との距離を置く姿勢を徹底している彼らしからぬ行動。
「スコール。あんたが此処にいても、おそらく何も変わらないよ。あんたは医者じゃないんだからね。ここは私に任せて、あんたは自分のすべきことをしないと」
「……分かった……」
 やや間をおいて、渋々ではあったがスコールは部屋の出口へと向かう。 が、すぐに歩みを止め、振り向くやいなや突然頭を下げた。
「リノアの事、宜しくお願いします」
 その後は何時もの彼らしく、走って出て行った。
 カドワキ先生は驚きで、しばし呆然としてしまった。 あのスコールが自分に頭を下げたのだ、しかも敬語まで使って。 いつもは憮然として、“有り難う”の一言で済ませていた彼がだ。それには自分の小言があるからだと思うが……。
 ガルバディアガーデンとの戦闘以来、スコールは事後処理等にてここ数日、キスティスたちと共に忙しく走り回っていた。 その最中、合間をみては此処に通ってくる。彼はゼルやセルフィとは違い、話し掛ける事もなく、ただじっと立ち尽くしリノアを見続けた。
―……スコール……此処に来るあんたの顔は、どんなんなのか自覚があるかい?
 後悔、苦悩が入り混じったそれを、カドワキ先生は毎日見ていた。 そもそも他人を、しかも女子をここまで気に掛けること自体、スコールには無かった事なのだ。 訓練中、負傷した生徒を運んでも、用は済んだとばかりにすぐ出て行く彼。 その生徒を気遣い、様子を伺いに来るクラスメイト内にも姿を現すことがない。それが、普段のスコールだった。
 そのスコールを、ここまで変えた人物。それも、たったの数週間で。
―すごいよ。あんたは……
 眠り続ける黒髪の女子に、カドワキ先生は微笑んだ。
 ベッド室を出たカドワキ先生は、カルテ,医学書と共にネットワークにアクセスを始めた。 自分が知る限りの医師を通じ、リノアの症状を解明する為に。






next

‖まにまに文庫‖ ‖石鹸工場‖