今朝、学生寮の廊下で女子から一通の封筒を無言で差し出された。
 その後、彼女はなかなか話さず、俯いてばかりで顔を上げても真っ赤になって、また下を向いての繰り返しをしていた。わずか離れた柱の所に友達だろう、二人の女子が小声で“頑張れ”“早く言って”等言っていた。それでも口を開くことなく俯く彼女。
『好きです!これ、読んで下さい!』
 勇気を振り絞っての告白である。彼女の顔は、最初より更に赤みを増していた。
『断る』
 スコールは即答し、その場を去ろうとした。
 しかし、告白したこと少し勇気がもてたのか、再び回り込み彼女はまた封筒を差し出した。
『読んでくれるだけでもいいんです!』
『他人の気持ちを押し付けられるのは、嫌なんだ。他の奴に言ってくれ』
 完全な拒絶。
 彼女は俯き、封筒と共に差し出していた腕をもどす。そして手の中で、受け取られなかったそれを握りしめた。足元に水滴が、一つ二つと落ちる。 
 状況を察した友達が駆け寄ってきた。
 スコールは、用は終わったとばかりに歩き出す。しばらくして後ろから“何様のつもりっ!”とか“最低な男ねっ!”と罵声が聞こえてきたが、彼が振り返ることはなかった。

 「その女子が、私の所に来たの。正確に言うと、友達に連れられてだけどね」                 
 告白した本人は泣いてばかりで、友達は怒り狂っていた。“話には聞いていたけど、あんな人とは思わなかった”とか、“訓練ついでに懲らしめて”とも言っていた。後の言葉を聞いた途端、彼女は涙に濡れた顔を上げ言った。“そんな事しないで、先生っ!私がいけないの、私が邪魔したから…”と、また泣きに入ってしまった。
 どうも彼女は、スコールを勘違いしている。いや、純粋さ故に夢を見ている。
 彼は孤高でクールな男ではない。本当に他人には無関心なのだ。その徹底した態度には理由があるはずなのだが、研究家のキスティス自身そこまでわかっていない。もしそれを言えば、彼女は勘違いを更に重ね元気になり、友達のバックアップと共に再びトライする事になるだろう。“私が彼の支えになる”とか言って。
 しかしそれは、スコールにとって迷惑このうえない行動で、怒りは自分にも向けられることになる。不服と思うことは、教官であろうとハッキリ言う彼なのだ。
「とりあえず“スコールは、そういう人なの。諦めなさい”とか言って、私からも一言意見するということで納得してもらったわ」
「……」
 おそらく、これ一言ではないだろう。酷い言われようの慰めだったはずである。しかし下手に優しく慰められ、例えば“また、頑張りなさい”等言われたら、あの女子はまた告白しに来るかもしれない。ここは、どう言われようと自分を諦めてもらった方がこっちは助かる。見ず知らずの女子に、告白されるほど嫌な事はなかった。
「あなたが他人に踏み込まれるのが迷惑だという事は知っているわ。でもね、何時までもそういう態度は通用しないわ。これからは特に―」
「…どういうことだ?」
「明日夕方の発表だけど、SeeD選考の筆記試験は通過できたわよ。そして後日に、実地試験が行われるわ」
「いいのか、発表前に―」
「うん、他の教官に知れたらヤバイわね」
 キスティスは肩を竦めてみせるが、困ったという表情はない。小言はうんざりするが、慣れたという感じである。
 彼女が一部の教官等にやっかまれ、“経験不足”を理由に不服を申し立てられている事をスコールは知っていた。その中には、一生徒を特別視しているというのも含まれていたが、この事を彼は知らない。
「SeeDになればメンバーの協調性が重視されるわ。相手の考え、行動を踏まえておかないと任務の遂行に係わる事なのよ」
「命令と言うなら、うまくやる。そうすれば、任務にも支障は出ないだろ」
「私が言いたいのは、そういう意味じゃないの。相手のことを気遣い、考えて―」
「そんなモノは邪魔だ」
 任務を成功させる以外、何を考えろというのだ。それ以外の考えなど余分な事で、却って遂行の妨げになるだけだ。“相手を気遣い、考える”事など尚更だ。
 常に相手を見て、行動に気を配っていたら、緊急時に冷静な判断なんか出来ない。下手をすれば隊の自滅にも繋がる。相手の“気持ち”より“性格”を、情報として踏まえておく程度で丁度いい。第一に、“気遣う”ばかりでは、相手は未完全なSeeDのままとなるではないか。自分で判断し、考え、行動する事をすべて他人任せにしてしまうことにならないだろうか。単独行動となれば、間違いなく失敗、又は死ぬ事となるだろう。
 そうなれば、判断を下した自分は―
「スコール、あなたがどう考えてそれを言うのかわからないけど、これだけは覚えてちょうだい。人は1人では生きていけない。SeeDとなって、一流の傭兵となっても」                 
「………」                 
 スコールは答えなかった。話は終わったとばかりに背を向け、キスティスから離れて行く。又、キスティスも、返答は期待していなかった。此処にきて3回目となる溜め息を付き、教官らしく最後には言った。
「傷は保健室で手当てしてもらうのよ。勝手に自分で済ませたら、またカドワキ先生に怒られるから」
 それにスコールの歩みが止まる。これぐらいの行動の読みは、研究家の彼女には序の口だった。おそらく表情は、彼には珍しく苦虫を食わされたようなものだろう。
 スコールは振り返ることなく、傷のない片方の手を振り再び歩き出す。“わかったよ”の合図だ。


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