作 中村あきら   

 魔女アルティミシアとの対戦の後も、リノアはスコールとの時間を合わせガーデンに訪れていた。 今日も以前からの約束でガーデンに来たのだが、魔女との対戦に関わった主力の彼には世界各地から指名傭兵の依頼が殺到し、この日もゼルと共に急遽内線で荒れる国に向かう事になってしまった。
 上が引き受けた依頼なのに、ゼルは自分が引き受けたかのように“申し訳ない”と謝った。 パッと見で、怖い印象を受ける事もある彼だが、根は人に気を使い仲間を和ませる優しい人柄なのだ。
 寂しいという正直な気持ちは確かにあるが、スコールがSeeDであるかぎり引き止める事は出来ない。 魔女アルティミシアがもたらした勢力は、今も所々でくすぶっている。
 事実、現代の魔女であるリノア自身、何度も危険な身に遭わされてきた。
 しばらくして、学園長から指令内容を聞いていたスコールが来た。 “待たせたな”とゼルに声をかけ、リノアには“すまない”と表情を曇らせ謝った。
 無口、無愛想で非社交的と言われ続けてきた彼だが、先の戦いの事もあってか人並みの言葉を交わす事が出来るようになった。 また、表情も豊かになり、見せる者が限られるが、笑顔も見せるようになった。 しかし真相はある一人の女子のおかげであることは、言わずとしれている。
「今回の任務地は遠い上に、夕方には着くようにとのことだ。行くぞ、ゼル」
「人気者は辛いね……」
 “じゃあな”と装備を詰めた鞄を掛け、ゼルはさっさと駐車場へと向かう。 わずかな時間ではあるが、恋人達に気を利かすためである。 そこまで社交的に成長出来ていないスコールは、ゼルの好意をわかっていなかった。 リノアにはそれがわかり、彼に感謝していた。
「内線の地って、一週間後に大統領選挙がある所?」
 リノアは父親が軍の大佐であるため、自然と各国の情勢は耳に入ってくる。 また、スコール達SeeDがガーデンが受けた依頼でも、任命者以外に内容を話すことは禁じられていることも承知していた。 だから、小声で聞いてきたのである。
 スコールも黙っていても、彼女には父親を通じて時期知られることはわかっていたので同じ小声でかえす。
「候補者の護衛だ。国民の信頼が厚い、今回の当選有力者のな。 最近、身の周りでテロが活発化してるらしくて、当選発表までの護衛を依頼してきた」
「大丈夫だとわかっているけど、気を付けてね」
「ああ、行ってくる」
 “8日後の夜には戻る。”と付け足して、スコールはリノアの額にキスを残し任務地へと向かった。 残されたリノアは、突然のことに少々パニクっていた。
―いつの間に覚えたのよ〜
 でも内心は大喜び。時間もあるし、久しぶりにシド学園長夫妻に会って行こうと、足取り軽くエレベーターへ行く。


 シド学園長夫妻との会話の中で、任務でガーデンを離れていたキスティスとセルフィが一時間後に戻ると知らされた。 彼女たちとも久しぶりに会えるので、その間の時間を図書館で過ごすことにした。
 『スコールに会いたい』という名目でガーデンにくるリノアだが、同様に『図書館』に行くのも楽しみにしていた。 ガーデンの図書館には話題の本を始め、廃刊になった物や秘蔵図書等も数多く揃えられていた。 読書好きの彼女にとっては、急の指令でスコールに会えなくても、ここに居れば寂しい気分も無くなる憩いの場でもあった。
 興味を引く本を選び、奥のテーブルで時間を忘れ読み耽る。 そこへ、一人の図書委員の女子生徒が声を掛けていた。顔を上げると、いつもカウンターにいる女子生徒がいた。 名前はニナと言った。彼女とは既に顔見知りで、時には話題本をリノアの為にキープしてもくれた。 そして後ろにもう一人、三つ編みの同じ図書委員の女子生徒もいた。 名前はロレン、彼女とも面識はあった。彼女の場合は、ゼルを通して知り合った。
「今日もまちぼうけ?」
 事情を知っているニナが聞いてきた。
「うぅん、今日はもう会ったの。でも、すぐに任務地に行っちゃった」
「寂しくない?」
 リノアの気持ちが一番わかるロレンが、今度は聞いてきた。 彼女もリノアと同じように、ゼルと久しぶりに話せるのを楽しみにしていた。
「寂しくないって言うと、嘘になっちゃうけど、こればかりは仕方がないよ。 でもね、今日はキスティスとセルフィに会えるの」
「そうか、あの二人も長いこと任務で出掛けてるよね」
 ニナの言葉に、“そうだね”とロレンは相槌をうつ。
 するとニナはそうだと手を打ち、リノアに聞き返した。
「二人が戻って来るには、まだ時間があるでしょ?」
「うん、戻るのは一時間後だけど、その後に報告とかがあるから……一時間半くらいかかるかな」
「だったら、こっちに来て」
 ニナはリノアを今居る場所より更に奥、壁際へと連れていく。 ロレンも彼女がしようとする事がわかっているらしく、一緒に付いて行く。 リノアを椅子に座らせたニナは机に備えつけてあるコンピューターを機動させた。 画面には、図書館の案内掲示が表示された。 各項目の中から、彼女は何も表示のない一番下の箇所を三回クリックした。
 すると画面がピンク一色に変わり、【パスワードを入力して下さい】との指示がでた。 ニナは慣れた手つきで、それを打ち込んだ。すると今度は【会員番号を入力して下さい】と出た。 それも慣れた手つきで、打ち込んだ。
 何も無かったピンク一色の画面に、赤くタイトルが表示された。
 そのタイトルとは、【乙女の夢】。
「なに、これ……」
 見た事のないサイトに、リノアは戸惑う。
「一般の人が、自作の小説を紹介するサイトなの。 だけど、女性限定で名前はペンネーム使用が原則なの」
 ロレンが簡単に説明し、“私のお気に入りは、この人なの”と、数あるタイトルの一つをクリックした。 現れた小説を、リノアは読みだした。そして読むうちに、顔が赤面していく。
「ちょ、ちょっと。これって……」
 お嬢様育ちのリノアでも、読書を携わっていれば聞いた事がある。 これは、巷で有名な『やおい小説』のサイトだったのだ。
 リノアの身体が微かにに震え出す。
「リノア、こういうの嫌いだった?」
「ごめんね、気分悪くしちゃった?」
 ニナとロレンが気遣う。お嬢様には刺激が強すぎたかしらと、二人は後悔しはじめた。 するとリノアは振り返り、二人の手をそれぞれ取る。
「ありがとう。なかなか読める機会がなくて、すっごく嬉しいっ!」 と興奮した口調で言う。
 意表を疲れた二人は、しばし呆然とした。そして、おそるおそるとロレンが聞き返した。
「嫌いじゃないの?」
「すっごい大好き!ねえ、他にないの面白いのっ!」
「じゃ、次は私のおススメねっ!」
 気を良くしたニナが、お気に入りの作家の小説を紹介した。
「やーん、これもいい。次は次は」
 キスティスとセルフィが来るまで、三人の興奮は続いた。


 今日もリノアは、朝早くからガーデン来た。 しかし、今日はスコールとの約束ではなかった。 現にスコールは、例によってゼルと共に別の任務地に行って留守だった。
 リノアが向かった先は『図書館』
「ねぇ、今日でしょ?“ヒラリさん”の新作」
「もう載ってるよーっ!」
 奥の机からニナが答えた。
 そこにはサイトに既に開いて人気作家の小説を読むニナ、ロレンの姿があった。 そして久しぶりに休暇の取れた、キスティスとセルフィの姿もあった。 実は、この二人も【乙女の夢】サイトの会員だったのだ。そして、リノアも最近登録をした。
「こういうのは、一人で見るより皆で見て話すのが楽しいよね」
「ねーっ!」
 リノアの言葉に、全員が同意する。
 蚊帳の外状態の男二人は、“リノア達は、よっぽど本が好きなんだ”という認識しかなかった……。






あとがき
**まにまに文庫** **石鹸工場**