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約束通り、30分後。
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カシ。カシ。カシ。カシ。
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―――何故か変わらずその音が、調理場から聞こえていた。
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けれども、30分前と違う所が一つだけある。
匂いだ。
調理場へ近付く程、甘く香ばしい匂いが強くなる。
スフレが焼けていく様が見えるようで、…ついつい足が引き寄せられてしまう。
だが、まだまだ油断は出来ない。
何せ調理人のキャリアは、限りなくゼロに等しいのだ。
立ち込める匂いに惹かれながらも、心を引き締め、クラウドは調理場に入っていく。
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「まだだよ?」
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またもや目に映ったのは、ボールを小脇に抱え―――と、思いきや。
今度は氷水をボールの下にあてながら、泡立て器を動かすエアリスの姿があった。
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「これ、生クリーム。スフレに添えようと思って」
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疑問を口にする前に、エアリスが答えてくれる。
天火の方に目をやると、しっかりと閉ざされた鉄枠の微かな隙間が、赤く光っていた。
…中がどうなっているかは、全く解らない。
なんとか中の状況を探ろうと、正面に屈み込んだ途端、オーブンの作動音が一瞬にして大きくなる。
突然の出来事に、思わず飛び退き、身構える。
唸り声のような音と熱気で、オーブンが自分を威嚇しているかに思えた。
一部始終を見ていたらしい、エアリスがクスクス笑い、
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「もうちょっとだから、座ってて」
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簡易椅子をクラウドの為に立てかけた。
忍び笑いが収まらない彼女をちょっと睨み、クラウドは大人しく椅子に腰掛ける。
調理台を挟んで向こう側、エアリスが鼻歌交じりに菓子作りをする。
表面上では興味なさげに見やっているが、心の内には、彼女の姿が焼きついている。
確かに、エアリスに菓子作りが出来るなんて、今まで思いもしなかったが。
だからと言って、別段、取り立てて目を見張るような事では無いのに。
…何かおかしい。調子が狂う。
普段の自分を取り戻そうと、クラウドは意識的に、冷めた声音で言い放った。
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「大体なんだって、いきなりそんなの作ろうと思ったんだ?」
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出来上がったクリームを脇に退け、一息飲み込み…。
何故か奇妙な間を置いてから、エアリスが言葉を選ぶようにして答えた。
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「…うーん、そうだなぁ…。…上手く出来るか試してみたかった、のかな?」
「…おいおい、『試す』って…」
「そう言うけどね、スフレを綺麗に焼き上げるのって、案外難しいんだよ?
オーブンに癖があると、膨らみがこう、いびつになっちゃったり、表面が上手く焦げてくれなかったり、ね」
「なぁ、2度目って言ったよな? 前作った時は、どうだったんだ?」
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重ね問うクラウドを見詰めるエアリスの瞳が、明らかに、泳いだ。
ややあって、苦笑交じりに呟いた言葉は。
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「……オーブンの火、入れ忘れちゃってたみたい」
「……本当に、大丈夫なのか…?」
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不安を疾うに通り越し、情けない顔でこぼすクラウドに、
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「今度は平気。きっと綺麗に焦げるわ。ちょっとね、自信、あるの」
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小さな秘密を打ち明ける、少女のような顔をして。
エアリスが、朗らかに、笑ってくれる。
張り詰めた心のネジを、いつでも緩ませてしまう、あの笑顔。
全く、調子が狂ってしまう。
身体の内から湧き出した名前の知らない感情は、
次第に熱を帯びて行き、クラウドの胸を焦がしていく。
ポッと燈った胸の炎は、馴染み無いけど暖かで。
―――仕方無い。ここは素直に笑ってやろう。
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「…どう?」
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予定より、10分遅れて。
ほわっと浮かぶ湯気と共に現れたのは、
こんがり狐色をしたパンプキンスフレ。
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「まあまあだな」
「点が辛いなぁ。でも、及第点でしょ?」
「まぁ、な。けど問題は味、だろ?」
「あ、それに関しては全く問題無いよ」
「ん?」
「これだけは、たっぷり入れておいたもの」
「何だよ?」
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ちょいちょいと、得意げな笑みのエアリスが、小さく彼に手招きをする。
眉を顰めつつ、クラウドは促されるがまま、顔を寄せる。
と――――――
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「わたしのあつーい愛情を」
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唇に、微かに触れる柔らかいもの。
…それが何か知る前に、その感触はさっと離れる。
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「皆を呼んでくるね」、すれ違い様に囁いて。
エアリスが軽やかに調理場を去っていく。
オーブンの熱で暖められた室内に残るは、ふわふわスフレと固まり切ったチョコボ頭。
踊るような足音を遥か遠くに聞きながら、クラウドの頬に火が吹いた。
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―――A woman happily in love. She burns the souffle.
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『幸せな恋なら、スフレが焦げる』
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