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それは、他愛の無い恋占い
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作 まよ
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三日三晩続いた雨は、嘘のように引いていた。
宿の窓から久しぶりの晴れ間を見上げ、クラウドはその眩さに瞳を細める。
絵筆を滑らせたような薄雲があしらわれた青空が、何故か以前のそれより遠くに見える。
降り注ぐ陽射しは心地良いが、それでも時々吹き抜ける風に肌寒さを感じてしまう。
暦の上でも実質的にも、季節は既に、秋なのだ。
普段は全く持ち合わせない感慨に耽っている自分にばつの悪さを感じ、クラウドは
ベッドの淵に座り込んだ。
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それにしても、暇だ。
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この雨のお陰で、すっかり足止めを食らってしまった。
ゴンガガエリアは、この時期ちょうど雨季に入るらしい。
運良く雨に遭わずここまで着たが、ゴンガガ村まで後一歩のところで降られてしまったのだ。
いくらバギーで移動しているとは言えども、激しい雨の前では成す術も無く。
密林の一角に立てられたあるジプシー集落の晦日市を見つけ、そこの宿に身を寄せる事にしたのだが、
…まさか、こんなに雨が続くとは思っていなかった。
始めは「いい骨休めだ」など呑気な事を言っていた仲間達も、
連日連夜の止まない雨に流石にウンザリしていたのだろう、
朝食時に合わせた面々は、本日の天候が如く、妙に晴れ晴れとしていた。
だが、晴れたからと言って、即出発、という訳にはいかなかった。
密林の道は、雨の影響で酷くぬかるんでいる筈だ。
この地域のそこかしこに流れる小川も、おそらくかなり増水していると思われ、バギーで渡れるかどうか怪しい。
最低でも、今日一日は待機した方がいいだろうから。
そう宣言した自分だって、一刻も早く先へ進みたかったのだが。
そんな訳で、本日もクラウドは自室で独り、暇を持て余すばかりだった。
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こういった余暇の時間が、クラウドは苦手だった。
情報収集、武器調達に、アイテム補充…、町や村で彼が行う事は、大体それ位に限られている。
逆を言えば、それ以外、進んでやろうと思う事が無いのだ。
戦闘関連の能力と知識を除けば何も無い、他の何にも関心を抱けない自分。
神羅と手を切ってから、5年も経っているというのに。
こんな時、痛感する。
……今でも自分の根底は、殺戮兵・ソルジャーなのだ、と。
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苦々しい想いを振り払うように、額に手を当て、軽く頭を振る。
じっとしていると、詰まらない事ばかり考えてしまう。
ベッドから腰を上げ、クラウドは部屋の鍵を手に取った。
特に行くあては無かったが、ここでくさくさするより余程いい。
ドアノブを捻り、扉を開け……
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(………?)
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すぐに、異変に気付いた。
なんとも場違いな甘い匂いが、廊下中に満ちていたのだ。
奥に在る調理場の方から、それは漂ってきているらしい。
この匂い、バター…だろうか…?
見えない証拠を辿るように、調理場へと進んでいくと、
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カシ。カシ。カシ。カシ。
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金属同士が擦れ合う、小気味良い音が耳に入る。
半開きになっている調理場の扉から、クラウドは中を窺い見た。
その手の動きに従って、ぴょこぴょこ揺れる亜麻色捲き毛。
―――エアリスだ。
銀色のボールを抱え込み、泡立て器をリズミカルに回している。
よくよく見ると、ひらひらとしたエプロンなんかも着けていて。
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「……何、やってるんだ?」
「クラウド」
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調理場の入り口付近で呆然と立ち竦むクラウドに、エアリスはにっこり微笑んだ。
人懐っこい笑顔。だが、クラウドの表情は硬いままだ。
どこか警戒したような足取りで、クラウドはエアリスの元に歩み寄る。
調理台の上には、秤や計量カップ、大小2つのボールなどが、所狭しと置かれていた。
恐る恐る、と言った感じで、ボールの中身を覗き込む。
小さい方は、粒子の細かい白い粉―――これはおそらく、小麦粉だろう。
大きい方は、淡いオレンジ色したペースト状の…―――……これは、……何だ…?
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「何か、作ってる………のか?」
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判別不能なオレンジ色を疑わしげに凝視しながら、クラウドが問う。
と、それまで規則的に鳴り響いていた金属音が、ピタリと止まる。
振り返ると、エアリスは唇を尖らせ、上目遣いにクラウドを睨んでいた。
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「どうしてそこで、言葉を切るかな〜? 他に何しているように見えるのよ?」
「…黒魔術の儀式とか」
「……ねじり切っちゃうわよ?」
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泡立て器を振り上げ、凄むエアリス。
クラウドは思わず吹き出してしまった。
クリーム付きの泡立て器は、どう見たって武器にはならない。
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「いや、でもあんたも出来るんだな、そういう事。意外だ」
「率直なお言葉、ありがとうございます。これでも母子ふたりで暮らしてたんだから。一通りは一応、ね」
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「見直した?」、そう言って、クルクルと良く動くエアリスの瞳が、クラウドを捉える。
投げ掛けられた質問に答える代わり、クラウドは小さく肩を竦めてみせた。
が、その態度に反し、彼の顔には楽しげな色すら浮かんでいる。
揶揄された表情に、再び少しむくれつつ、エアリスは作業の続きに取り掛かる。
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「クッキーか、これ?」
「違う違う。スフレ。パンプキンスフレ、よ」
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『手作り菓子=クッキー』。
クラウドの頭には、その公式しか思い浮かばなかったらしい。
セオリー通りの連想をするしかなかった彼に、エアリスは丁寧に説明し出した。
てっきりクリームだと思っていたエアリスの泡立てているものは、メレンゲ―元を正せば、卵白だと言う。
あのドロッとした卵白が、こんな純白のふわふわなクリーム状になるとは、想像し難い。
そして、大きなボールの中身、…問題のオレンジペーストは、カボチャを裏ごししたものに、ミルク、卵黄と砂糖、バターを加えたものらしい。
「確かめてごらんよ」と勧められ、指で掬い口に運ぶと。
かなり甘味を付けているが、…確かにそれは、カポチャだった。
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「昔、…子供の頃。丁度この時期にね、母さんがよく焼いてくれたの」
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懐かしそうに瞳を細め、エアリスは微笑む。
一瞬、笑顔の柔らかさに見惚れたが。
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「…ふぅん」
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曖昧な相槌を打ち、クラウドは、ボールの中でカボチャと粉が混ざり合う様子を眺めた。
少しずつ、少しずつ、だまにならないよう、慎重に粉を落としては、混ぜる。
その繰り返しをするエアリスの顔は、妙に真面目くさっている。
まるで、厳かな儀式を執り行っているようで。
黒魔術の儀式と評したのも、あながち外れていないかもしれない。
自分が好き勝手に考えている事など知る由も無く、彼女は一旦手を休め、真剣な面持ちで混ざり具合を再確認。
その様子になんとなく、微苦笑が洩れた。
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料理一般に関して自分はずぶの素人なのだが、見た限りでは危なげ無くこなしているようだし。
余計な心配は、無用だろう。
そう思いかけ、ふと思い当たったものに、首を捻る。
何かが、引っかかっていた。
先程、エアリスが言っていた言葉―――
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―――母さん『が』よく焼いてくれた……?
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「…って、おい。あんたは作ったことあるのか?」
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顔だけをクラウドに振り向かせ、エアリスは満面の笑みで答えた。
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「もっちろん。毎年、母さんと一緒に作ってたもの」
「そうか、じゃあ……」
「独りで作るのは、2度目、だけど」
「…………」
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前言完全撤回。
……取り返しがつかなくなる前に、やはり止めるべきなのか。
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「だいじょぶ、だいじょぶ。信じてなさいって」
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なんて。
実に、心強いお言葉を仰せられる。
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「……その自信は、何処から来るんだ…」
「いいから、待ってて。出来上がったら呼ぶから、ね? で、ティファやユフィや皆も誘ってお茶しよう?」
「台無しにならないように、せいぜい祈ってるよ」
「まーた、可愛くないなぁ、クラウドは」
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泡立て器をゴムベラに持ち替えながら、エアリスがからからと笑う。
どうやら、何を言っても無駄のようだ。
そう悟ったクラウドは、返答代わりにひょいと肩を竦め、踵を返す。
調理場の扉を閉めようとする背後から、「30分後に、また、ね?」。
届けられた彼女の声は、何処までも無邪気だった。
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