娘や娘。
 ゆめゆめ月を見ることなかれ。
 大きく満ちた十五の月を。
 汝、決して愛でてはならぬ。

 それは、遠い異国の話。
 小さな小さな村の話。
 織物の盛んなその村は、
 平和で静かな理想郷。
 村の掟は、ただ二つ。
 一つは、娘は機織りになることと。
 一つは、決して機織りを止めてはならぬこと。
 ぱったん ぱったん
 ぱったん ぱったん
 だから、いつもその村には
 機を織るその音が、止むことは決してありません。

 村外れの小高い丘には
 一人の娘と年老いた母がおりました。
 母は長年病気を患い、歩くことすらままならず
 機織りは娘の仕事でありました。
 村の掟に従って
 朝も昼も宵でさえ
 娘の機織りは続きます。
 ぱったん ぱったん
 ぱったん ぱったん
 機を織るその音が、止むことは決してありません。

 娘はいつか、気付いていました。
 鋭く差し込む朝日より
 明るい昼の暖かさより
 夕暮れの見事な色合いより
 宵の月に惹かれていることに。
 月は、魔性。月は、狂気。
 母の言葉を守りつつ、眺める月の美しさに
 心を偽ることが出来ません。
 ぱったん ぱったん
 ぱったん ぱったん
 それでも丘の上のその家からは
 機を織るその音が、止むことは決してありません。

 ある夜、空には十五の月。
 窓の隙間から零れた光は
 いつもよりも、何故だか酷く美しく
 母の言葉を知りつつも、誘う光の眩しさに
 抗うことが、出来ません。
 ぱったん ぱったん
 ぱったん ぱったん
 それでも開き行く窓からは
 機を織るその音が、止むことは決してありません。

 やがて娘の織った布は
 人々の評判になりました。
 美しく不思議な輝きを秘めた布。
 娘の布は、大評判です。

 やがて、娘の評判を聞いたのは
 村一番の地主の息子。
 娘を一目見、恋してしまったその息子は
 娘をさらっていきました

 娘は泣きながら言いました。
 「私は月を愛しています」
 息子はそんな娘を笑い
 月の見えない塔の部屋に、娘を閉じ込めてしまいました。

 娘は泣き続けました。
 毎晩毎晩、見えない月を想って泣きました。
 深い哀しみは娘から、全てごっそり奪い去り
 日々を追っていくごとに、娘は弱り果てていきました。

 巡り巡って、満月の夜。
 泣き疲れ、眠りについた娘はふいに
 自分を呼ぶ声を聞きました。
 暗い部屋で瞳を凝らし
 声を聞こうと耳を澄ますと
 光差す事無い暗闇に
 一筋の光を見つけました。

 導かれるように、その光に近づくと
 光は娘を包み込み
 きらり、きらりと輝きながら
 娘の姿は消えました。
 ぱったん ぱったん
 ぱったん ぱったん

 それから蒼い満月からは
 機を織るその音が、途切れることなく響きました。

 娘や娘。
 ゆめゆめ月を見ることなかれ。
 大きく満ちた十五の月を。
 汝、決して愛でてはならぬ。





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