夜明け近くまで話し込み、おやすみを言った。
 隣から直ぐに静かな寝息が聞こえてきたが、どうやらこちらはまだ眠れそうにない。
 そっと部屋を出て廊下の窓を開ける。夜はまだ明けてないようだ。
 春とは言え、まだ空気は冷たい。息が白い。
 さきほど投げかけられた質問を反すうする。
 「今、突然に死を迎えたとしても思い残すことなく死ねるか?」
 即座に自分は「死ねんな」と答えた。そう簡単に死ねる訳がない。やりたいこともたくさん有る。 しかも何一つ満足した結果を得たことだってないのだ。 じゃあ、満足した結果を得られれば死ぬのか?というとそうではない。次が控えている。 かなり控えている。往生際が悪いな……と苦笑いする。

 人は何時しか死を迎える。もちろん寿命が来れば誰だって死を迎える。
 しかし、死はふいに訪れる場合だってある。こちらの都合なんてお構い無しにやって来る。 そう考えると生と死は紙一重だ。
 でもそう簡単に死ねんな………。まだそこに行くわけには行かない。 誰に言う訳でもなく呟く。

 遠くから新聞配達のバイクの音がする。そろそろ夜も明けるだろう。
 小さく欠伸をしながら布団にもぐりこむ。
 桜の下で眠りたいといったのは誰だったろうか……。 どうせ死ぬならば………。朦朧とした意識の中考える。しかしすぐに夢の中へと溶け込んで行く。
 春の夜の空気はまるで何かの生き物のようにゆっくりと流れていく。 生きるもの死ぬるものを抱きながら――。


∥石鹸箱∥ ∥石鹸工場∥