休日     
作 さぼてん 

 レストランのざわめきは嫌いじゃないわ。 流しの吟遊詩人が奏でるフィドルの音も悪くなくて、耳も尻尾も勝手にリズムをとっちゃう。 その度に男の人の視線が、あたしの身体のいろんな部分を行ったり来たりするの。
 お洒落しといて正解だったわ。昨日買ったばかりのイヤリング、あたしの緋色の髪の上では、きっとよく映えてるんじゃないかしら。
 ああ、お日様も上機嫌だし、今日はホントにいい日。オークの坊やたちと戯れるのなんか、やんなっちゃうくらい。 
 なのに、相棒といったら、テーブルに運ばれた美味しそうな海の幸に手もつけずにむすっとしちゃってるの。 キュスと香草の良い匂いが、もう消えかけちゃってる。
 勿体無い!
 でも、勿体無いのはそれだけじゃないのよ。
 折角キレイなんだからさ、こっちを見てく男の人たちに微笑みかけてあげリゃいいのに。 相棒は美人画みたいに表情を変えやしないの。
 ホント、つれない美女はある意味犯罪よね。整った顔でぶーたれてるもんだから、限りなく怖いし。 銀髪のせいで、余計にシャープな印象になってるのもいただけないわ。
 ・・・なんていうか、鞘なしの名剣なのよね、私の相棒って。笑えば宝石に変わるのにさ。
 そんなこと考えながらあたしがじっと見つめてると、相棒はあたしの視線に気づいて目を瞬かせたの。
「どうかしたのか、フェイ」
 あー、ほんといくら注意しても艶めかしい喋り方にはならないのね。
 エルヴァーンってのは、どうしてこんなにカチカチなのかしら。 それとも、ナイトっていう職業のせいで、性格までかたくなってるのかしら。
 ・・・・・・って、そんなこと口に出したら、お前たちミスラは全般的にお気楽過ぎるって言われるんでしょうけれど。
「ヴィクトワールが不機嫌そうだから」
 あたしが思ったことを口にすると、ヴィクトワールはすぐ反論してきたわ。
「別に、機嫌は悪くない」
「ウソ。弟クンが旅に出てから、機嫌いい日なんて殆ど見たことないわ」
 あたしがリュトゥール君の話題を出すと、ヴィクトワールったらますます眉根に皺を寄せちゃって。 そりゃ、厳しいお姉ちゃんってことで通ってるから、そんな風に言われたくないんだろうけどサ。
 でも、相棒の性格はよーっく知ってんだからね、これでも。
「幼少時から私が鍛えたんだ。弟のことは心配ない」
 ヴィクトワールったら、一言ぶっきらぼうに言い放つんだもん。ホント、しょうのない人。
「じゃ、なんで折角のお料理食べないのよ。すっかり冷めちゃったじゃないの」
 そしたらようやく、ヴィクトワールはしぶしぶ口を開いたわ。 ほんと、飽くまで『しぶしぶ』だったのだけれど。
「今朝の親子をな、思い出していた」 

 今朝の親子?
 ああ、迷子の坊やと、そのお父さんね。厳しいお父さんだったわねー、あんたよりも凄いくらい。 しかも、お父さんちょっと理不尽なカンジで。 あんな小さい子なんだもん、ちゃんと見てなきゃいけないじゃないのさ。
 あ、思い出したらなんか嫌な気分になってきた。
「あの親子、どうかしたの?」
 あたしが尋ねると、またヴィクトワールはだんまりを決めこむんだもん。 負けじとあたしが見つめてると、ようやく根負けしたヴィクトワールがため息混じりに言ったわ。
「あの父親を見ていて、私の父を思い出した。外見が、というわけではないが」
「ヴィクトワールのお父さんって、大分前に亡くなったんでしょ?」
「ああ、リュトゥールがまだ赤ん坊の頃にな」
 独り言みたいに呟いて、ヴィクトワールはまただんまりを決め込んじゃう。 なーんか、嫌な記憶でもあるっていうのかしらね。あの坊やがやられたこと以上の。
「そんなぶすっとしなくたっていいじゃない。昔のことでしょ」
「あまり楽しい記憶がなくてな。厳格な人だったから」
 あーあーあ、すっごい眉間のしわ。気づいてる? あたしもあんたも、いくら若くてキレイでも、お肌には気を使わなくちゃいけないのよ? そういう表情してると、癖になっちゃうんだから。
 それにしても、この子が厳格って表現するなんて、一体どんな人だったってのよ。
 想像するだに背筋が震えて、尻尾の毛も見事に立っちゃったわ。 うすら寒くなって、可愛いウェイターのお兄さんにあったかいカフェオレのお代わりを頼むと、ヴィクトワールが突然立ちあがったの。
「すまない、ちょっと出かけてくる。今日は一人で買い物でもしていてくれ。埋め合わせは今度、必ずしよう」
「ちょ、ちょっと、ヴィクトワール?」
 銀貨をテーブルの上に置くと、振り向きもせずにレストランを出ていくんだもん、あの子ったら。
 慌ててあたしもカフェオレをキャンセルして、お金を置いてひっついていったわ。 一度も立ち止まらない、しかも足のやたら長いヴィクトワールに張りついてくのはホント大変だったんだから。
 鍛えてあるもん、さすがに街中を歩く分には疲れやしないけど。 それでも一体どこへ向かってるのかもわかんなくて、いい加減ヴィクトワールに聞こうと思った頃、唐突にあの子が足を止めたの。 西側にある、雑貨屋ターミラの近くで。
 ん?
 雑貨屋なんかに用があるっていうの?

 首を傾げてるあたしの前で、ヴィクトワールは釣り竿二本と餌をたくさん買いこんだの。
 剣の代わりにぴっかぴかの釣り竿手にして、ヴィクトワールは北サンドリアまでわき目もふらず歩いていったわ。 その後をぴったりついていくと、さっき雑貨屋の前で止まったように、ヴィクトワールが一人の子供の前で突然足を止めたの。 
 すぐに今朝の坊やだってわかったわ。俯いて泣いてる姿が、特徴的なんだもん。
 その時、あたしにもぴんときたわ。ヴィクトワールが何をしたかったのか。
 ヴィクトワールは坊やの前に片足つくと、目線を彼と合わせてこう言ったの。
「釣りを教授してもらいたい。授業料は釣り竿一本でどうだろう」
 坊やったら、目を真ん丸くしてたわ。
 そりゃそうよね、白銀の鎧姿も凛々しい女騎士が、子供の前に膝ついてたのみごとすりゃ、誰だって驚くわよ。
「釣り竿では不満か?」
 ヴィクトワールの勢いに気圧されたのか、坊やったら必死で頭を横に振ってるわ。 もうちょっと優しく言ってあげれば、坊やだって満面の笑顔で応えてくれるでしょうにね。
 ま、釣りに行ってしばらくすれば笑ってくれるかしら。 ヴィクトワールはいいコだし、いざとなりゃあたしが座を盛り上げればいいし。
 だけど。
 確かヴィクトワール、あんたこの前マウラ行きの船の上で、『暇だから』とか言って大物のググリュートゥーナ釣ってなかったっけ? しかも入れ食い状態だったわ、あの時。
 ご相伴に預かったアレ、すっごく美味しかったもの、私はっきり覚えてるわよ?
 でも、ま・・・いっか。
 たまにはこんな休日があってもいいわよね。
 空は晴れてて風も心地いいし。坊やが丸坊主だったときのために、あたしは横で兎でも 狩っておいてあげるから。
 今日ぐらいは、少しのんびりしましょうか。小さな小さなエルヴァーン紳士と一緒に。

初出:2002.11.1(Flegrance of Memory)





 
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